大判例

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神戸地方裁判所 昭和32年(わ)401号 判決

被告人 関谷産業株式会社 代表者 大坪守人 外一名

主文

被告会社関谷産業株式会社を罰金参百万円に

被告人樋口凡夫を懲役壱年に

それぞれ処する。

被告人樋口凡夫に対し、この裁判確定の日から弐年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、被告会社関谷産業株式会社及び被告人樋口凡夫の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告会社関谷産業株式会社は、名古屋市中村区堀内町四丁目一番地毎日会館内に本店を有し、東京都及び大阪市に支店を有するほか香港ダテル街ガイストンハウス三階二四―二六に香港支店その他の海外にも支店を有し、香港、中近東、米国、南米、沖繩等所在の外国商社との間において、繊維、雑貨、機械類等を輸出入する等の業務を営んでいる商事会社、被告人樋口凡夫は、昭和二九年より被告会社の取締役に就任し、同会社の本店長(旧)、財務部長(現)を勤め、同会社の行う輸出業務並びに経理関係事務全般を統轄しているものである。

原料を海外に仰ぐ毛織物等の毛製品の輸出については、諸外国からダンピングの謗を招くような国内業者の過当競争を防止して適正な輸出価格を維持すると共にその輸出を奨励するため、一定の基準価格(チエツクプライスと称せられる)以上の価格で輸出されるものについてはその輸出の都度、通商産業省より毛製品輸出証明書が発行交付され、その輸出価格の一定の割合に応じ原毛輸入の外貨割当が確保される制度(リンク券制度と称せられ、この毛製品輸出証明書はその証明価格の約三割の市場価格で売買されている。)が実施されていた。

ところで、被告会社は前記諸外国にある外国商社に毛織物等を輸出するに際し、事実上基準価格以下の価格で輸出するのに表面上は基準価格以上で輸出するもののようにしてこの基準価格以下の輸出に対しても毛製品輸出証明書を得るため、各外国商社との間で高低二重の輸出価格を定め、予め各外国商社より高価格(基準価格以上)の信用状の開設を受け、その高価格の表面上の輸出代金は一応取得しておき、その低価の実際輸出価格(基準価格以下の)との差額金(所謂預り円)は、後日に外貨で返済するという方式(所謂オーバーバリユー又はOP方式の輸出と称せられている)のもとに輸出していたものであるが、この種の輸出方式によつて生ずる前記差額金は、正規の送金方式によらずに内密に返済しなければならなかつた。又被告会社の香港支店(支店と称しているが、外貨の保有及び操作等所謂為替取引の面では大蔵大臣、通商産業大臣等から海外支店としての許可を受けたものでなく、ただ一、二名の海外駐在員と現地人の補助者等により本店のため市況調査、受注交渉、取引先との各種連絡事務を行うのみで支店自ら海外で非居住者と取引をなし営業するものでない)の経費は、日本の本店からの送金で支弁されていたが正規に送金し得る金額では不足のこともあり、且つ、ニユーヨーク支店等にも支店経費として正規に送金し得るもの以外に別途貿易資金や経費の送金を要することもあつた。そこで

第一、被告人樋口凡夫は、被告会社の前記香港支店の駐在員(昭和三〇年一二月中頃までは関戸昭蔵、その頃から同三一年一二月一八日頃まで滝音昌也、その翌日頃以降は滝音昌也及び白倉清忠)と共謀の上、右駐在員をして香港ドルを香港の銀号(金融機関の一種)又は商社等の非居住者より入手(香港での為替自由市場のレートをもつてする香港ドルの日本円による買入れ)せしめ、その香港ドルをもつて、香港所在の外国商社には直接支払いさせ、香港以外の各国の外国商社には香港より為替送金さす等の方法により前記オーバーバリユー輸出に因る差額金を返済し、又は、被告会社ニユーヨーク支店やシドニー駐在員等に前記の別途貿易資金や経費に充てしめるために香港より為替送金させ、或は香港支店の経費の不足に充てしめようと企て、被告会社の業務に関し、大蔵大臣の許可を受けず、且つ法定の除外事由がないのにもかかわらず、別表犯罪(債権発生関係)一覧表記載の通りの原因関係に基き、昭和三〇年一〇月二八日頃より同三二年二月一九日頃迄の間前後五〇回に亘り香港市内で、各その当時の前記香港支店駐在員を通じてする、居住者たる被告会社(本店以下単に被告会社と記載したときは日本の本店を指称する)と非居住者たる香港クインスロード、センター街一二二号昭泰銀業有限公司(以下昭泰銀号と略称)その他同表「債権発生の相手方たる非居住者」欄記載の者との間のその都度の契約に基き右駐在員が香港において同公司等から同表「受取つた香港ドル額」欄記載の合計百六十万五千五百三十七・九五香港ドルを受取る都度、その代償として被告会社が香港における自由為替市場の相場のレートによつて換算された同表「日本国内で支払うべき義務を負担した邦貨額」欄記載の日本円(合計一億九百十五万二千九百四十六円)を右昭泰銀号等の指定の期限内に日本内地における指定の支払先に支払うという、昭泰銀号等非居住者に対する債務を被告会社に負担せしめ、もつて外国にある財産(香港ドル)を被告会社に取得させる都度その代償として居住者(被告会社)と非居住者間の契約に基き被告会社をして本邦通貨をもつて表示される債権発生の当事者たらしめた。

第二、被告人樋口凡夫は、被告会社東京支店長代理田中順一、東京統轄部付山路忠彦等と共謀の上法定の除外事由がないのにかかわらず、昭和三二年二月二八日東京都中央区築地町四丁目五番地小幡物産株式会社において、同社係員に対し、非居住者たる香港所在の信昌隆出入口庄が右会社に支払うべき海産物買受代金の差額金(海産物等の場合は前記OP輸出とは反対にアンダーバリユー方式の輸出が行われることがある。この場合は実際輸出価格が表面上の輸出価格である輸出申告書や信用状面の価格より高価であるため所謂預け外貨が生じ日本側輸出商社が後日海外輸入業者から別途にその差額の支払を受けねばならないことゝなる)及びその前渡金である金五十九万二千円を右信昌隆出入口庄のために支払い、もつて非居住者のためにする居住者に対する支払をした。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人樋口凡夫及び被告会社の第一の各所為につき

外国為替及び外国貿易管理法第五条第三〇条第三号第七〇条第一〇号(昭和三三年法律第一五六号改正前の第一一号)(被告人樋口凡夫に対してはなお刑法第六〇条、被告会社に対してはなお外国為替及び外国貿易管理法第七三条)外国為替管理令第一三条第一項第三号(昭和三五年政令一五七号改正前の第二号)被告人樋口凡夫については何れも所定刑中懲役刑を選択する。)

被告人樋口凡夫の第二の所為につき

外国為替及び外国貿易管理法第二七条第一項第三号、第七〇条第七号(昭和三三年法律第一五六号改正前の第八号)刑法第六〇条(何れも所定刑中懲役刑を選択する)

被告人樋口凡夫の併合罪加重につき

刑法第四五条前段第四七条第一〇条(犯情最も重いと認める判示第一の別表6の罪の刑に加重する)

被告会社の併合罪の加重につき

刑法第四五条前段第四八条第二項

被告人樋口凡夫に対する刑の執行猶予につき

刑法第二五条第一項

訴訟費用の負担につき

刑事訴訟法第一八一条第一項本文第一八二条

(弁護人の主張に対する判断)

一、期待可能性なしとの主張について

この主張の要旨は

毛製品の輸出についてはチエツクプライスの制度があり、チエツクプライス以下の価格で輸出すれば、原毛リンクを受けられない。そこで、海外市場相場の変動如何によつては、不本意乍らチエツクプライス以下で契約しながら海外輸入商社より、原毛リンクを受けられるようなチエツクプライス以上の信用状の開設を俟つて(後日何等かの方法で返還すべき差金返還債務、預り円を生ずる)解決していたものである。チエツクプライスは一旦決定されると長期間容易に改訂されず、業界再三の陳情にも通商産業省はただ慎重を期するのみで実情に即した改正をしなかつた。もし海外よりのチエツクプライス以下の商談を断ると得意先は全部他社に走り取引は皆無となる。業者としては小にしては会社存立のため、大にしては国際場裡競争相手国の外商に勝ち我国の貿易を促進するため、チエツクプライス制度を肯定し乍ら反面これを否定する行為をせざるを得ないジレンマに陥ちる実情にあつた。自己資金に不如意な戦後の日本商社として、多額の商品を死蔵し輸出相場が回復し海外得意先がチエツクプライスを上廻る値段をつけてくるまで待つことは、金融面での行詰りを生じ会社は破綻し、更に紡績会社にも波及し操短、従業員の整理等の社会問題に発展し、国内相場も下落し問屋筋も倒産するに至り、中小紡績は破綻し、戦後復興はしたが未だ基盤の脆弱な日本経済界は連鎖反応を起し収拾すべからさる大混乱に陥ることは想像に難くない。

ことに香港市場は相場の変動著しいことでは世界的であり、チエツクプライスを守つていると事実上輸出は不可能であつたから、已むに止まれず表向にはチエツクプライスの価格で輸出し、後に、実際契約価格との差額を海外輸入商社にリベートすると云う所謂高価輸出が一般に行われていた。

以上の次第で本件においては、犯行当時本件以外の適法な行為を期待することが不可能であつた。

と云うのである。

毛製品の輸出について、冒頭判示の如き原毛輸入のリンク券制度とからみ合せた所謂チエツクプライス制度がとられ、チエツクプライス以下の輸出には、原毛割当て即ちリンク券を与えないことでこれをチエツク(抑制)する仕組になつていた。このチエツクプライス制度は、ダンピング輸出の非難をあびて日本製品が海外市場で差別待遇を受ける事態を招くことを防止し、且つ戦後回復したと云うものの未だ脆弱な基盤に立つ国内業者間に過当競争を惹起しこれを利用する海外商社から思うままに買叩かれ、取引条件をその云うがままに屈服せざるを得ない事態に追込まれることを阻止して国内業者を保障すると共に、他方右過当競争に基く輸出価格の不安定の結果、日本品を取扱う健全な海外商社が値下り損を蒙る不安を除くために、価格を安定せしめ、適正価格による健全な輸出を奨励発展せしめんとする貿易政策に基くものである。それ故、もしも、海外商社がチエツクプライス以下の取引を要求して来た場合には、日本商社としては、チエツクプライス以下のためリンク券が得られず採算がとれないことを理由としてその商談に応じない態度を採ることこそ、まさに、この制度の狙いとするところと云うべく、凡ての日本商社がかゝる態度に出で、海外商社もチエツクプライス以下の取引を不当な値下要求として断念するに至ることを期待しているものである。この目的を達するためのチエツクプライスは、製品原価、適正利潤、国際市場価格、競争相手国の輸出価格等を勘案して業界大手筋も加つている諮問委員会に諮つた上決定され(証人並川治郎の証言参照)一旦決定されれば、右決定要素に相当の変動を生じてチエツクプライスが不当のものとなりこれを維持することが困難となつた場合でなければみだりに変更されず一定期間据置かれる性質のものであるから、業者の申出に応じ随時改められなかつたのは蓋し当然である。

従つて、海外商社、とくに相場の変動の甚しい点で世界的の香港の商社がチエツクプライス以下の取引を要求してきた場合に、当局が業者の申出に応じ輙くチエツクプライスを改定してくれなかつたからと云つて、判示の如き高価輸出と称する脱法手段を講じ事実上は右要求に応じチエツクプライス以下で輸出し、表面上はチエツクプライス以上で輸出した如く虚偽申告まで敢てして本来ならばリンク券を得られないところを不正にこれを入手することは、チエツクプライス制度を悪用し国の前記貿易政策を破壊する行為に外ならない。

弁護人主張の如く毛製品のチエツクプライスが国際市場価格に比し著しく高価で、もしチエツクプライス以下の商談に応じない態度を日本商社が採るときは我国の毛製品は海外競争相手国との競争に負け輸出が不可能になり、引いては日本経済界の混乱を招く程不当のものであつたことは、これを認むるに足る証拠なく、却つて、輸出振興と日本経済の発展を念願しつゝ常に貿易界の実状や変動を調査している通商産業省当局が(証人並川治郎は本件の後のことではあるが昭和三二年九月頃に香港の政庁や日本大使館から日本品がまだ安売りをしていると云つてきたことがあり、通商産業者が事情を調査したと述べている。)、業界の陳情にも拘らず慎重を期して改定しなかつたこと自体、当時のチエツクプライスが弁護人の主張するが如く、これを業者に守らしむることを期待し得ない程不当なものでなかつたことの何よりの証左と見るべきである。

しかのみならず本件においては、高価輸出による差金返還債務(被告人樋口凡夫の所謂リベート返還義務で非居住者との間のかゝる債権関係の発生自体も外国為替及び外国貿易管理法第三〇条外国為替管理令第一三条の違反となる)の発生自体の責任を追及せんとしているものでなく、この差金返還のために採つた被告会社の決済方法が問題にされているのであつて高価輸出は、本件犯行をなすに至つた原因関係の主要なものに過ぎないのである。

香港においては、主として銭荘とか銀号とか称する中小金融業者の手により日本円を初め諸国の通貨が各国の定めている公定換算率とは別に、その時々の需給状態で定まる自由為替市場のレート(このレートは日本の経済関係の新聞にも日々発表されている位である)で自由に交換売買されていることは、証人白倉清忠の証言、同人の検察官に対する各供述調書及被告人樋口凡夫の検察官に対する昭和三二年四月一八日附供述調書添付の手紙(証第四号の七三の二の写)により明らかである。

被告人樋口凡夫は、高価輸出の差額金支払に主として香港の右自由為替市場を利用し、香港支店に駐在する社員と通謀し右差金支払等に必要な香港ドルを昭泰銀号等より入手せしめ、その代価を被告会社が日本国内で右銀号等の指定する者に日本円で支払う(即ち、円をもつてする香港ドルの買入れ又は預り円と香港ドルとの交換と云つてもよい)という方法をとつたのであり、被告人樋口凡夫や情を明かされていた社員等は、このやり方を円TT方式の送金決済と称していたのであるが、この決済方法は先づ被告会社が香港駐在員をして銀号等から香港ドルを入手し、その対価を被告会社が日本国内において日本円で支払うことを非居住者たる右銀号等と約束したときに外国為替及び外国貿易管理法(以下外為法と略称)第三〇条第三号外国為替管理令(以下外為令と略称)第一三条第一項第三号(前記改正前の第二号以下新法の表示による)に触れ、更にその履行として非居住者たる右銀号等のため日本国内で居住者に支払つたときに外為法第二七条第一項第三号に触れ、旅行者等の非居住者に支払つたときは、同項第二号に触れる。本件第一の各事実は、右の円TT送金決済を前段の債務負担行為の点で捉えてその違反の責を問うものであり、第二の事実は、後段の支払の点で捉えその違反の責を問うものである。

従つて、仮りに高価輸出が弁護人主張の通り已むを得ないものであつてもその結果居住者が非居住者に対して負担した債務(差額金返還の)をかゝる香港の自由為替市場を利用する方式で決済すると云うことは、外国為替管理を行つている国家の立場からは到底容認できない。この種の違法な決済方法を行わないことを期待することが不可能であつたとは到底考えられない。

一、違法性の認識がなかつたとの主張について

この主張の要旨は

本件は、行政犯又は法定犯に属するから単に犯罪事実の認識のほかに違法の認識を必要とする。ところが、弁護人が期待可能性の点について前述した通り、輸出業者として已むに止まれず高価輸出することが業界一般に行われ、商慣習の域に達していたと云うも過言でなく、被告人等としても本件高価輸出をするに当り、少しも処罰に価する悪事を行つたと云う認識がなかつたのである。即ち違法の認識がなく罪を犯す意がなかつたものと断ずべきである。

と云うのである。

しかし、本件は弁護人が已むに止まれず行われたと主張する高価輸出そのもの又は高価輸出に伴う差額金返還債務負担行為そのものを処罰するものでなく、右差額金等の返還債務の決済手段を処罰せんとするものであることは前述の通りである。

更に、前記各証拠によれば、被告人樋口凡夫は、高価輸出に伴う差額金支払を内密にするため種々の隠蔽手段を講じていたことが認められる。即ち香港からくる円TT関係の連絡電話は、被告人樋口凡夫及び同被告人を補佐してこの支払を担当していた二、三の社員のみが密かにこれを聴取し、昭泰銀号等の指図に従つて日本円を払つた場合も、帳簿上は差額金又はリベートの支払とせずに仮払金として処理し帳簿面では海外商社との真実の貸借残高は判らないような不便を忍び、その支払方法も会社振出の小切手をそのまゝ交付せずわざわざ架空名又は社員の個人名の裏書で現金化した上現金を持参して支払つている。東京、大阪等被告会社の本店所在地外で支払うときも堂々と各支店宛に送金せず支店総務課長個人名義の銀行口座を特に開設させておいてこれに送金し指定支払人方に現金を持参する社員には特に「関谷」の名を出さぬように指示している。かゝる事実は、被告人等が秘密裡に本件預り円の決済を行つていたことを示すと共に、被告人樋口凡夫が違法の認識を有していたことをも示すものである。被告人樋口凡夫と共謀して香港で被告会社のための香港ドルの買入れ得意先への弁済、銀号からの円支払に関する指示の取次等被告人樋口凡夫との連絡にあたつた白倉清忠も検察官に対し「円TT関係決済は違反になると思つていた」と述べ(同人の検察官に対する昭和三二年四月四日附第六回供述調書参照)、被告人樋口凡夫も検察官に対し「本店の指示でこんな香港ドルの操作をすること自体が違反だが」云々と述べ(同人の検察官に対する昭和三二年四月九日附供述調書参照)、当公廷においても「この支払方法は為替管理の面からはみ出る行為であり」「行政上の違法とわかつていた」と述べており、外国為替及び外国貿易管理法の管理の下に再開された戦後の我国の貿易に昭和二四年以来携つてきた同被告人としては、本件行為は為替の管理を逸脱する行為であり、外国貿易及び外国為替を管理する一連の法規の何れかに触れる行為であると云う程度の認識はこれを有していたものと認めざるを得ない。本件において罪を犯す意ありとするに必要な違法の認識は右の程度で充分である。

一、構成要件該当性を欠く(外為法第三〇条第三号外為令第一三条第一項第三号に違反しない)との主張及び外為法第五条の適用がないとの主張について

この主張の要旨は

被告会社の香港支店は、外貨の保有操作を許されていないものであつても、外為法上は非居住者として本店と区別し、あくまで別人格として取扱うべきものである。本件は右支店に駐在を命ぜられた支店勤務の社員が支店の業務行為として銀号から香港ドルを借入れ、これを日本で円貨で支払うことを支店の取引として約束したものである。

支店の行為は、結局被告会社の業務であるから被告会社の業務について為された行為となると云う考え方は外為法では通用しない。かゝる三段論法的理屈で刑罰法令を解してはならない。支店の行為はどこまでも支店の行為であり、本店の行為は本店の行為である。本店の樋口凡夫が実行々為者である支店の社員白倉等と意思の連絡があつても白倉等の行為が本店の行為となるものではない。被告人樋口凡夫は共謀的共同正犯者で実行行為者でなく構成要件充当の問題は実行者について論ずべきものであるからである。

凡そ、支店の行為で直接間接本店と意思を通じてないものはない。だからと云つて支店の行為は即ち本店の行為とすると何故に外為法が海外支店を非居住者とし、更にこれを明かにする通牒(昭和三〇年四月一日日為管甲第六三九号本邦法人の海外支店等の行為に関する為替管理法上の取扱について)があるのか、又外為法第五条の適用について同日の日為管甲第六四二号「本邦商社の海外にある支店等の行う取引の取扱について」の通牒によつて広く除外例を認め、支店の行為と本店の行為を区別し別個に取扱つているのか、その理由が判らなくなる。支店の行為即ち本店の行為となると右通牒の適用の余地がないことになるからである。外為法上は如何なる場合も支店の業務行為と本店のそれとは厳に区別していると解するかぎり、本件は、非居住者間(香港支店と銀号等の間)の債権発生行為となる。即ち外国にある財産取得の代償として本邦外にある非居住者(香港支店)と他の非居住者(銀号等)との間の契約に基き香港支店が本邦通貨をもつて表示される債権等について債権発生の当事者となつた場合であつて、外為令第一三条第一項第三号の「居住者又は本邦にある非居住者と他の非居住者間の契約に基き」と云う構成要件を欠くから外為法第三〇条の違反にならない。

外為法令の建前から本邦商社とその海外の支店間の取引も居住者と非居住者間の取引として規制を受けるのであるから、本件は素直に本支店間の行為として処理すべきものであつたのである。

弁護人も本件一連の行為の凡ての部分が違反にならないと主張するのではない。結局検察官は、前記日為管甲第六三九号通牒等を検討せず素直に事件を取扱わなかつたため、罪とならない部分を捉えて起訴する過誤を犯したのである。

又、香港支店の行為が被告会社本店のためにする行為であり、外為法第五条の適用あるが如きも前記日為管甲第六四二号により一店舖につき総額三〇万ドル以下の借入れを本社の業務に関連して行うことは制限されてないのであつて、本件は何れも右金額以下の債務負担であり、従つて同法第五条の適用なきものである。

と云うのである。

しかし、本件は、被告会社の香港支店と香港の銀号等との間の取引ではなく、判示認定の如く、被告人樋口凡夫が香港駐在の被告会社の社員と共謀の上右社員を実行々為者として香港の自由市場を利用し、被告会社の本店が香港商社に負担する高価輸出の差額金返還債務決済等のため、香港において香港ドルを入手せしめその代償として、被告会社の本店をして香港ドルの入手先である香港の銀号等に対し、日本内地で一定額の日本円をその指定する者に支払うと云う債務を被告会社の本店に負担せしめたものである。即ち海外における行為ではあるが外為法第五条により同法第三〇条第三号外為令第一三条第一項第三号の違反となる。

弁護人は本件は、外為法令の規制を受ける海外支店と日本の本店との間の行為として処理すべきであつたと主張し、暗に本件の円TT方式の送金決済と云う一連の行為については、第一次的に被告会社の香港支店と香港ドルの売り手である銀号等との間に、ドルの代価を日本内地で日本円で支払うという債権等の発生があり、第二次として右香港支店と日本の本店との間に支店から本店に連絡してくる支払先(銀号等が支店に指示したもの)に支店が本店のために外貨を取得してくれた代償として円貨を支払うという債権等の発生があり、円TT関係一連の行為のうち、この第二次の債権等の発生を捉えて本支店間の外為法令に違反する取引として処理すべきであると主張するものゝようである。成程、証第五号の貿易資金報告書綴中には、本件円TT送金実施の都度本支店間に債権関係を生じ貸記又は交互計算を行つていたかの如き記載もあり、一見右の如き見方も可能のようではあるが、被告人樋口凡夫の検察官に対する各供述調書その他前示の各証拠を仔細に検討すると、別表犯罪表記載の各場合は、外貨を入手するに至つた原因関係が高価輸出差額金支払のための場合は勿論、本来は、本店が正規の方法で送金すべき香港支店やニユーヨーク支店等の費用等を円TT送金方法に便乗して調達せしめた場合も、香港支店の業務行為としてではなく、本店直轄の為替操作の仕事として即ち本店の業務として行われたものと認めるのが相当であつて、被告会社の香港駐在員が昭泰銀号その他の外貨の入手先に対し被告会社の本店が日本内地で円貨をもつて代償支払をすることを約しており、その行為の法律効果は直接本店に帰し、代償支払契約の当事者も、従つてこの契約で円の支払義務を負担した当の本人も、居住者である被告会社の本店であつて弁護人主張の如く非居住者である支店がその間に介在したものでないことが明白である。前記証第五号の記載の如きは、本支店間に同記載の債権関係が発生して貸記、交互計算を行つたものではなく、香港における本店の直轄の仕事である円TT関係の収支を本店間の取引に仮装して報告されているものに過ぎないことは、被告人樋口凡夫の検察官に対する昭和三二年四月二四日附の調書によつて明白である。香港支店駐在の社員が実行した行為だからと云つて凡て支店の行為であつて本店の行為にはならないとする考え方こそ証拠に基かない単純な三段論法である。

要するに、本件は、外国にある財産取得(香港における香港ドルの入手)の代償として居住者(被告会社の本店)と他の非居住者(香港の銀号等)との契約に基き本邦通貨をもつて表示された債権等の発生の当事者となつたと云う外為法第三〇条第三号外為令第一三条第一項第三号所定の構成要件を充足し欠くるところがない。弁護人の所論は、判示認定と異なる事実関係を想定し構成要件該当性を云々するものに過ぎない。

又、弁護人は、本件は香港支店が前記日為管甲第六四二号通牒で許された三〇〇千弗以下の借入行為だと主張するけれども、本件は香港における香港ドルの単なる入手行為又は借入行為自体を犯罪とするものではない。被告会社は、前記の如く高価輸出差額金決済のため香港の自由為替市場を利用し、円TT送金と称する一種の闇為替送金を行つていたもので、この闇為替送金のため被告会社の香港支店駐在員が被告会社本店のため銀号等に対し買入れた(又は借入れと云つてもよい)香港ドルの対価を「自由為替相場で円に換算した円貨で日本内地で被告会社が支払う」という代償支払契約に因る円貨債務を負担した行為が本件犯罪なのである。香港支店駐在員が本店業務に関連して米貨三〇〇千弗以下相当の香港ドルを単に海外で借入れたのみであつて、その弁済のための本店を当事者とする代償支払の契約をしなかつたならば、弁護人主張の如く許可なくして自由になし得る行為で罪とならなかつたであろう。即ち弁護人は、円TT送金関係一連の行為のうち、罪とならない部分のみを捉えて無罪だと論じているのであり、本件代償債務負担行為は、弁護人主張の三〇〇千米ドル以下の借入に該当する香港ドル入手行為の次の段階の本店が契約の当事者となつているその代償支払契約の点を捉えているのである。而して右昭和三〇年四月一日の日為管甲(日本銀行為替管理局長が大蔵省為替管理局の通牒を根拠とし同一内容のものを関係方面に通知するもの)第六四二号通牒は、その前文に明記してあるとおり、本邦商社の海外にある支店等が、外国にある非居住者との間において行う取引に関するものであり、本件代償債務負担行為の如く本店が外国にある非居住者との間に行う取引に関するものではない。

一、訴因変更についての主張について

別表犯罪表14 16 18 25 35 46(13については変更請求書に記載されていたが後に変更しないことに訂正)について、起訴状においては債権発生等の当事者となつた相手方である非居住者が、全部昭泰銀号となつていたのを、その後訴因変更手続によりその相手方を変更したものであるところ、弁護人は、公訴事実の同一性を害するものであると主張する。

しかし、変更前の訴因も変更後の訴因もいづれも、右相手方の点を除いては、行為の日時、場所、発生した債権の内容等凡て同一であつて、別表犯罪表の前記番号欄記載の日時、香港において、同記載の香港市場の自由為替レートで同記載額の香港ドルを買入れ、その対価として、同記載の日本円を支払うことを約したという本件で問題とされている基本的事実においては、何等変更なく全く同一である。香港での実行々為者の一人である白倉清忠が、当初検察官に対し本件香港ドルは、凡て昭泰銀号を通じて入手したと述べていたところ、その後公判に弁護人側の証人として出廷し、全部昭泰より入手したものでなく、中には直接香港の商社等より入手したものもあるが、ドルの入手先の点は大した違反でなく会社に影響するものでもないので、昭泰との取引一本にした方が取調べが早く終ると思いそのように述べたと証言するに至つたので、検察官は右証言と他の証拠物等を検討し前記番号のものについて昭泰銀号の介在なしとして相手方を変更すべきものとし、同一構成要件内での変更であるが被告人の防禦に遺憾なからしめるため訴因変更の手続の形式をとるに至つたものである。右訴因の変更は、弁護人主張の如く公訴事実の同一性を逸脱するものではない。

一、被告人樋口凡夫は、判示第二の支払に際し香港の信昌隆出入口庄のための海産物買入代金の差額金及び前渡金の支払であるとの認識がなく、又右支払金が所謂預り円であつたとしても、外貨のバランスを守り、政府に入るべき外貨を逃げないようにする外為法の目的精神に反しないから、本件を同法第二七条第一項第三号違反とするのは誤りであるとの主張について

判示第二の支払は、判示第一同様の被告人樋口凡夫の所謂円TT送金関係で負担した代償支払債務の履行として行われたものであり、その前提としてこの支払の数日前香港支店の駐在員をして邦貨六〇万円相当額の香港ドルを銀号(多分昭泰)から入手せしめ、その代償として右銀号の指定した日に東京都の小幡物産株式会社に対し六〇万円を支払うべき債務を銀号に負担するに至つた事実があるのである(その履行として六〇万円を持参すべきところ勘定違いから五九万二千円が支払われたもの)(被告人樋口凡夫の検察官に対する昭和三二年三月二〇日附供述調書参照)。銀号が右の如き指示をなした背後には、小幡物産株式会社に対し、海産物買受代の差額金及び前渡金として六〇万円を送金する必要があつた香港商社信昌隆出入口庄が、その頃同銀号に対し日本円六〇万円の買付けをしていたわけで、銀号は円の売手と買手(又は香港ドルの買手と売手と云つてもよい)の両者の間に介在して一種の為替作用を営んでいたのである(山路忠彦の検察官に対する昭和三二年三月一五日附(略図を添付したもの)白倉清忠の検察官に対する昭和三二年四月四日附各供述調書参照)。而して、被告人樋口凡夫が香港からの連絡により右支払を東京支店長代理の田中順一に命じた際、右信昌隆のための支払であることを知悉していたことは、田中順一の検察官に対する昭和三二年三月六日附供述調書(二通)及び山路忠彦の検察官に対する昭和三二年三月一四日附供述調書(第二事実の証拠として前掲のもの)によりこれを認めることができる。仮りに被告人樋口凡夫が具体的に右信昌隆出入口庄のための支払との認識がなかつたとしても円TT決済関係の総指揮者であつた以上抽象的に香港で昭泰銀号から円を買付けた(即ち円の送金を依頼した)非居住者のため、少くも右銀号のためとの認識はもつていたものと断ぜざるを得ない。非居住者のため、居住者への支払と云う構成要件の認識においていささかも欠くるところがない。

又、弁護人は預り円を日本内地で日本商社に支払う行為は外貨が逃げるわけでないから外為法の違反にならないと主張するが、支払つた円貨が預り円であると否とを問わず、非居住者のためにする居住者への支払行為は、それ自体外国為替の管理を紊す行為であり、外為法第二七条第一項第三号に該当する。

以上の理由により弁護人の主張は、いづれも採用しない。

(情状について)

弁護人は、昭和三四年七月一四日東京地方裁判所で判決された外為法違反被告事件を引用し、本件においても預り円発生原因等に右事件同様同情すべき情状ありと主張する。

しかし、本件預り円の発生原因は大部分は冒頭判示の如く毛製品の輸出に際し原毛リンク券を詐欺的方法により不正に入手するため高低二重の価格を設け、表面上はチエツクプライス以上で輸出するものゝ如く虚偽の申告をなしたことに基くものであつて、日本側商社に於て防止不可能な相手国側の為替管理制度に基因して預り円が生じたというような弁護人引用の判決の場合と同一に論ずることはできない。

チエツクプライスリンク券制度を悪用し、香港の自由為替市場を巧みに利用した本件犯罪の態様、規模等を考慮すれば、正常貿易を発展せしめんとする我国の貿易、為替政策に少なからざる悪影響を与えたものと云わざるを得ない。

しかしながら、被告会社は既に高価輸出に伴う輸出価格の虚偽申告の点について神戸税関長の通告処分を受け百万円の罰金相当額を支払つている点、被告人樋口凡夫は、部下の社員を指揮して本件犯行に加担せしめた責任は重いが、個人的の利益を計つてのことでなく、被告会社の貿易実績を維持し、不況による業務縮少や人員整理を防ぎ、且つ他社に負けまいとするあせりから巧妙なる香港商社側の駈引に乗ぜられ高価輸出を為すに至つた結果と認められる点を参酌し、各主文の如く量刑処断した。

(裁判官 江上芳雄)

犯罪(債権発生関係)一覧表(略)

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